丘を少し下ったところで一休みしたことで、僕の運命は変わった。
大きな丸い石に腰かけて、この先の道を見やった僕は、下方に開ける視線の先に、少し大きめの村があるのを見つけてホッとしたため、夕刻間近だってのにしばらくボンヤリしてしまったんだ。
太陽が急速に傾き出したので、僕はあわてて立ち上がった。
歩き出した僕の耳に、陽気で甲高い声がした。
声のほうに目を向けると、僕の肩のあたりを、親指くらいの小さな生き物が飛び回っている。
顔は人間の子供のようだけど、肌の色は緑でやせこけていて、透きとおった羽根を動かして鮮やかに飛んでいる。
「ミニマイトに会ったら走れ」
かつて環境庁に出入りしているエルフの商人が、そんなことを言っていた。
ちょうど僕が、今回の任務担当者に決まった発表の直後くらいだったかな。
「あんた、魔法使いだろ? …なら、ミニマイトに出会ってしまったら、とにかく走るんだ」
「?」
謎めいた言葉を残して、そのエルフは去って行ったんだけど、その時は適当に聞き流しちゃったんだよね。
だって、検収でそのエルフが納品ミスをやったときだったから、話そらして誤魔化してるだけだと思ったんだ。
ミニマイトっていうのは、かなり昔からいる老舗の種族でさ。
その割に謎が多くて、僕もそのときのエルフ商人の言葉が気になって、あとで調べてみたんだけど、文献によってずいぶん情報が違っていてね。
特に、魔法に関係する情報を念入りに見ていったんだけど、これが完全に真っ二つなんだ。
「ミニマイトは防御魔法が強い」
って書いてる記録と
「ミニマイトは魔法防御が強い」
っていう記録が、大体半々ぐらいに存在しててさ。
これって、意味が全然違うんだよね。
“防御魔法”は、普通の肉体戦闘のときにダメージを受けにくくなる魔法のことで、要は物理防御強化のことなんだ。
だけど“魔法防御”ってのは、魔法に対する耐性を意味している。
たとえばさ
メチャメチャ強烈な防御魔法でカッチカチの体になって、「剣でも矢でも跳ね返すぞコラァ!」ってドヤ顔の戦士がいたとするじゃない?
でも、敵側にも魔法使いがいて「フンッ」って鼻で笑って雷系や炎系の攻撃呪文を繰り出して来たら、ドヤ顔戦士のアドバンテージは何の効果も持たないんだ。
魔法攻撃は、物理攻撃とは異質の力が加わるからね。
逆に、魔法防御力に自信満々の魔法使いが、ドヤ顔で「魔法打ってこいやコラァ!」って万能呪文を唱えるとするでしょ。
たしかにその状態なら、魔法で攻撃されても利かないと思うけどさ。
ても、普通の戦士に物理攻撃を仕掛けられたら防御効果はゼロなんだ。
“防御魔法”と“魔法防御”は、言葉は似てるけど、意味がぜんぜん違う。
ミニマイトは、どっちなんだ?
それに「会ったら走れ」というエルフのアドバイスは何だ?
もしもだよ
ミニマイトの“防御魔法”が強いなら、むしろ僕に同行して、戦闘のときにかけてほしい。
そうじゃなく、強いのが“魔法防御”のほうならば、相手の攻撃魔法を無効にしてくれたら助かるんだけど。
「走れ」っていうエルフの言葉は「怖いものなしになるから、なんでも思い切りやれ」の意味?
なんか不穏な感じだけど、今の僕には願ってもない話だ。
ミニマイトは自由で気まぐれな性格だっていう記録も、あちこちの文献に散見されたから、気が変わって僕から離れていく前に、一気に大魔王の元まで、それこそ駆け抜けたほうがいいかもしれない!
そう考えて、一瞬僕の気持ちは沸き立った。
「待てよ」
もしミニマイトが強力な魔法防御力を持っているとしてさ
“相手が使う魔法を無効にする”っていうときの“相手”ってさ、要するに、「その場にいるメンバーの中のミニマイト以外のヤツ」ってこと?
つまり、僕が使う魔法も無効になるのかな?
背筋を悪寒が走った。
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