「うなぎを焼いた煙の匂いで飯を食う」なんて、どこの国の言葉だか思い出せないけれど、古い言い伝えで聞いたことがある。
僕は、ありつけると思っていた豪勢な料理の数々を空想しながら、自分の給料で賄う、いつもの粗末な食事を摂っている。
固くなった味のしないパンを口に放り込み、ぬるいヤギの乳で流し込んでいると、外では前哨部隊の居留地が騒がしくなり始めた。
警備兵の朝の交代時間なのだ。
女たちが外へ出て、洗濯や食事の支度をしている音も混ざってくる。
冠が盗まれて以来、【暗黒の土地】と呼ばれるカクハバードの南西に位置したこのアナランドでは、特に北東の門の防備が厳しくなった。
増員のため他の地区から回された兵士により、この辺境の地が賑わっている。
食糧や雑貨、武具や補強材なんかの流通が増えて、市が立つほどなんだ。
僕は3日前ここへ来て、初めてそのことを知った。
北東地区の警戒に力が注がれる一方、我が国への侵略がささやかれる他国軍が、南西方面からアナランドをうかがっているとの警戒感を高めている。
今のアナランドの国力は、北東と南西に偏っている。
軍事力もそうだし、経済力も労働人口もね。
国境付近に配置される兵士が圧倒的に不足したので、中央から引き抜かれた兵士たちが東西の前哨基地に集められた。
僕は最近訪れていないけど、南西地区もここと同じように賑わっていることだろう。

そして、精鋭を東西に集結させたため、その他の前哨基地は軒並み手薄になっている状況が、しばらく前から続いている。
臨時に前哨基地に配置された近衛兵が、いつしか前線に腰を据えるようになっていて、実のところ城下町をはじめとした中心地区は、攻撃されたらひとたまりもないことは半ば公然の秘密なんだよね。
僕の勤める官庁街でも、平和を謳歌したあの頃とは比較にならないくらい閑散としていることがわかるようになっているしね。
お城の警備が手薄になるのはマズいからと、警官が近衛兵の代わりに王の近辺に配置されたせいで、警察力も弱っている。
そのせいで中心地区での犯罪が増えているし、急な人口増加が起きている辺境地区でもまた、犯罪が増えて問題になっている。

治安の悪化におびえる善良な市民たちは、安心して暮らせる元の日常を願ってるけど当然だよね。
だいたいの状況はわかってもらえたかな?
国全体をグルリと外壁が囲んでいても、安全は確保できないし、安心の確保はもっと難しい。
やっぱり平和なことが一番価値のあることなんだね。
そして、その何よりも“平和”が望まれるこのタイミングで、“勇者”への期待値は最大級に達する。
つまり、僕に対して・・・