門を出た僕は、軽快な足取りで歩き出した。

何とも皮肉な話だけど、僕にとっての“敵”は、自国領を出たことで半減したと言ってよい。

今の僕の敵といえば、純粋な戦闘で戦えばよいだけの盗賊とか、僕の命を狙って罠や攻撃を仕掛けてくるマンパンの使いたちだけになったからだ。

国内で今回の任務担当者として過ごさなければならない、あの狂おしいほどの重圧からは解放されたんだ。

僕がたった今足を踏み入れた世界は【危険な土地カクハバード】と呼ばれている。

アナランドでは耳タコでそう聞かされて育ってきたけど、それは情報に乏しい老人や、広く外界情報を求める努力を怠った人間たちの迷信に近いものだと僕は思っているんだ。

僕の手元には、通商産業省(通産省)から入手したデータベース資料がある。

それを見れば一目瞭然なんだけどね。

【王たちの冠】が盗まれてフェンフリーとの関係にひびが入り始めてから、アナランドの暮らしを支える物流のルートはガラリと変わっている

フェンフリー同盟諸国から「みなし敵国扱い」されている現状のアナランドは、当然ながら同盟諸国との交易の縮小が続き、最近ではほとんどゼロと言ってよいくらいだ。

現在のアナランドが国外から手に入れる物資の9割以上は【危険な土地】カクハバードを経由して入ってくるし、外貨もすべてカクハバードを通じて得ている状況だ。

ちなみに「カクハバード」は国ではなく地域の名だ。

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その中には港町カーレをはじめ、各所に集落が点在している。
また、それらを渡り歩く行商人などもカクハバードには多数いて、彼らはその身軽なフットワークで地域経済のつなぎ目の役割を果たしている。

といった具合で、未開の地のように思われながらも、じつはカクハバードが活発な経済活動の拠点になっていることは、アナランド国内であまり認知されていない

本当は通産省のデータベースを読み解けばすぐにわかることなんだけど、“危険な土地カクハバード”っていうステレオタイプが昔からの主流だし、特に公務員は前例主義だから、このデータを擁する通産省自身が、一向にデータベースをそういう目で見ようとしない。

口を開けば「経済は縮小または停止」と念仏みたいに繰り返すだけだ。
せっかくこの情報を教えても右から左に抜けてっちゃう連中ばかりだしね。

だから、頭脳を官僚に預けて思考停止状態の政治家たちも右へならえで、カクハバードを基軸にした新・地域経済には実に疎い。

中小規模の商人ぐらいだね。そこに気づいているのは。

危険な土地カクハバードだって、商取引が成立するのなら、彼らは敢然と飛び込んでいく
そして、取引が成立するのなら、相手がどんなゴロツキでもそこには必ず人間関係が確立する。

友情が芽生えることだってあるし、卑賎な者同士の世界にでも、ブランドは確立するんだ。

ま、彼らの見た目とか言葉づかい、立ち居振る舞いなんかを見たら、お上品な宮廷官僚たちは目を背けてしまうから、アナランド経済の実態を支える現場の実情なんて、連中は知っちゃいない。

帳簿や統計資料だけ見てても、適切な現実判断はできないんだよね。動くのは現場なんだから。
それも、エリートさんたちが目を背けるような卑賎な連中が蠢いている現場だからね。

ま、宮廷官僚と僕ら下級公務員の感覚は違うし、下級公務員の中でも変わり者の僕に言わせれば
「カクハバードは恐れる場所じゃない。利用する場所だ」ってことになるんだ。
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