1時間ほど歩くと、遠くに小さな集落が見えてきた。
カントパーニという村だ。
先刻アナランドの城門を出る前に、サイトマスターの軍曹が親切で僕に教えてくれた村の名だけど、実は僕はカントパーニをよく知っている。
さっき「危険な土地カクハバードがアナランドの経済を支えている」って話したよね。
で、アナランドの通産省は、そのデータを得つつも見ようとしないって。
これは運輸省にしても同じことで、それを裏付けるデータを、彼らはふんだんに持っている。
データがあるってことは、その元になる行動が存在してるっていう証明なんだ。
なのに、公務員ってのは既存の概念に固執するから、だれもカクハバードへ調査に行こうとしないんだよね。
もしも「カクハバード関連の経済施策には多額の予算が付く」とか、「自分たちの省の歳入になる」なんてことが確定してるなら、いくら頭の固い彼らだって、リスクを負いつつカクハバードの実態調査をすると思う。
でも、今の段階だと先が見えないからね。
通算省とか運輸省みたいな力のある事業官庁の公務員は「カネ持ってんぞー!」の世界観の中で暮らしてて、特にその中でも上の地位に居る連中はプライドも人一倍だから、先が見えないリスクを取って失敗するような恥は、絶対にさらしたくない。

そこで、自分たちが手掛けて失敗したことにしたくない場合には、連中は手下を使う。
手下の一方は、御用商人を頭に据えた商人集団。
もう一方は、力が無くて予算額も小さな弱小官庁だ。
通算省や運輸省みたいにがっちりと業界の権限を握り、商人たちが稼ぎ出す巨額な金の渦の中で強靭な生命力を発揮しているのが「事業官庁」というのに対して、僕ら環境庁みたいに、連中が力任せな立ち回りで生じたゆがみやひずみを整えていくのが「調整官庁」っていう組織だ。
予算の額は、大人の給料と子供のお駄賃ぐらいに違う。
ちなみに、今回の僕の任務に便宜的につけられた名称は「カクハバード環境影響評価」。
つまり環境アセスメントだよ。
この命名は、【王たちの冠】奪還の担当者に任命された僕が、たまたま環境庁職員だったから付けられた、環境庁ならではの独自な名前と思うかもしれないけど、実際のところ、通産や運輸でも環境アセスは行う。
それも、環境庁とはケタ違いの予算を使った大規模なものをね。
だいたいわかってきたかな?
今回のからくりが。
本来、盗まれた【王たちの冠】を、公務員が取り返しに行くなら、全省庁の職員が候補に挙がる。
でも、過酷な上に責任も重大だから、失敗したときのことも考えて、力の強い事業官庁は手を出したくない。
かといって、成功したときに「自分たちも協同した。今回の壮挙に対して力を尽くした」と主張して、手柄と利権は自分たちのものにしたい(←ここ大事です)。
だから、予算の少ない弱小官庁をスケープゴートに差し出し、失敗したら他人のフリ、成功したら兄貴ヅラできる対象として選ばれたのが環境庁だったってことだね。
環境アセスなら、彼らはどこからでも当事者の顔をして話に乗っかってこれるから、都合が良かったんだと思う。