虎穴に入らざれば虎子を得ず。
カントパーニの村の入り口(といっても、道沿いに小屋が並ぶ一帯を村と呼んでるだけから、明確な“入口”なんてないけどね)でいったん仁王立ちし、行く手に佇む大小の小屋を睥睨するように見渡してから、僕は歩き出した。
通りには人っ子一人いないけど、小屋の中からの音や気配で人が居ることはわかる。
いくつもの視線がじっと僕に注がれてることもね。
アナランドにほど近いこの地域の情報は、役所出入りの商人から聞くだけでなく、僕自身が環境調査業務で実地に訪れたことがあるからよく知ってるんだ。
日帰りできる距離だから、さすがに泊まったことはないけどね。
でも、宿屋で昼ご飯を食べたことぐらいはあるよ。
「宿屋の食堂のレジ前に携帯食料が置いてあるはずだから、品切れにならないうちにそれを買って・・・いや、それともまずは商店へいくか?」
先に剣を物色し、もしそこに食料も売ってればついでに仕入れときたい。
というのは、剣を買ったついでなら、レジ袋はおまけでくれそうな気もするけど、宿屋で食料だけを購入したら、絶対にレジ袋は有料になるはずだからね。
僕は今ザックを背負ってはいるけどさ。
今後いろんなものを入れるだろうから、やっぱり食料だけは分けときたいんだ。
初期装備として支給されてる2食分の食料は、役所の紙ファイル(A4サイズ10ヶ入り)を包んでたビニール袋に押し込んでるんだけどさ。
小さいからすでに容量オーバーでね。
口が締まってないし、材質は薄っすいからすぐに破れちゃうと思うんだ。
これだって、持ってくるのに庶務係とひと揉めしたんだよね。
「まだ4冊残ってるから、新しい10冊の封を切られると困るんですけど」
「だって食料入れる袋がないんだよ。紙ファイルなんてどうせすぐハケるじゃん? 封切り在庫が一瞬だけ14冊になるけど、ワンチャンこれで行かしてくんない?」
「残りが2冊にならないと、新しいのは開封しちゃいけないんですけど」
「知ってるよ。だから頼んでるし」
僕が以前、別の局で庶務担当してたときは、このぐらいの融通は余裕で利かせてたから、ここでも当然楽勝と思ってたんだけど、僕コイツになんか悪いことしたっけか?
結局、使いもしない紙ファイル2冊の払出申請をやって、封切在庫をきっちり2冊まで落としてから、あらためて「そのゴミちょうだい」とお願いしてようやく手に入れたんだ。
ゴミを手に入れるために調えた申請用紙は、ゴミ以下の廃棄物ってことかな?
いや。ゴミ以下だったのは、これに費やされた労力のほうだね。
まったく、つまらぬものを斬ってしまった ゴミ以下の人件費を浪費してしまった・・。
そんなくだらない記憶をよみがえらせながら歩いていると、とつぜん、ひとりの村人が小屋から出てきて目の前に立ちはだかった。
その唐突さが、頭に浮かんだ出来事のショボさに対する叱責に思えてしまい、僕は必要以上に狼狽してしまった。