男は僕を、村の奥の大きな小屋へ案内した。
その道中でコッソリと、カントパーニにかかっていると思しき圧力についての事情を聞きたかったが、男は僕が目配せすると目をそらし、耳元へ口を寄せようとすると歩く速度を速めて近づくことを許さない。
今この瞬間も、どこかで見張りの目が光っているのだろう。
(マンパンか? それともフェンフリーか?)
どっちにしても、この男は自分や家族の命が的になっていて、僕に事情を話せばただでは済まないということだろう。
そのへんの容赦のなさでいえば、マンパンの大魔王のほうが相当えげつないことをしそうに思われがちだけど、必ずしも僕はそうは思わない。
今や『平和的民族国家の父』という名声が目の前にちらついたフェンフリーのシャランナ王だって充分怪しいよ。
たしかに若き日の彼の野望は、美しき理想国家の樹立だっただろう。
でもそれは、「十分な残り時間」を持っていたからこそ、純粋なものでありえたと思うんだ。
すでに老境に至ろうとしている、現在のシャランナ王の執着心。
そのことに関する情報もまた、僕の手元には集まっているんだ。
功に逸った老人権力者ほど恐ろしい者はないからね。
手放しで信用はできないよ。
だいたい【王たちの冠】を他国へ貸し出す期間を「1国あたり4年」なんて長めのスパンで指定したのだって、当時のシャランナ王が若かったからできたことだと思うんだ。
せいぜい最初の1、2カ国に貸してる間くらいは、まだまだ若い自分を満喫できたし、衰えなんてものが自分にやって来ることに現実感も無くてさ、さぞかしルンルン気分だったんじゃないかな?
でも、それ以降の国に貸し出してる頃には、徐々に自覚する肉体の衰えとともに「4年の貸出期間」が彼の気持ちを重くしていったことは想像に難くないよ。
このままだと、自分の命あるうちには「フェンフリー同盟による世界平和の実現」っていう念願を見ぬまま、この世を終えなければならなくなるってね。
名声なんて、若いうちならば、たとえそれを失ったって、柔軟な考え方が出来る。
実力さえあれば「いっか別に。後でもっかい獲れば」って思えるしね。
でもシャランナはさ、「もっかい獲る」ための肉体の躍動が、知らぬうちに失せている事実を自覚したとき、背筋が寒くなったんじゃないかな?
フェンフリー国内では非公式に【王たちの冠】貸出年数の抜本的な見直しが議論されている。
そのことは世間には知らされてないんだけど、お城の出入り商人なんかは、耳ざといからね。
僕はアナランドへやって来た彼らからコッソリ聞いたんだ。
「4年という貸出期間は過分なものであり、借受国では期間満了を待たずに発展が鈍化している感が否めない。上昇の著しい期間を見越した効果的な冠の運用に向け、新たな貸出体制を築く必要がある」(フェンフリー有識者会議での発言より)
この発言を耳にした商人は、コーヒーのデリバリーサービスで議場に入り、配膳しながら聞いたという。
議事録にすらなっていないナマの発言だから、リアル感がハンパない。
ちなみにフェンフリー政府は、一般の領民に対しては「議事録は破棄した」って公表してるらしいけどね。
だからぶっちゃけ、今回のアナランドにおける【王たちの冠】強奪事件の黒幕は、ひょっとするとシャランナ自身でさ、実はマンパンの大魔王と組んで仕掛けた自作自演なんじゃないかって疑ってるくらいなんだ。
そうだとすると、アナランドはスケープゴートにされたってことになるね。
だいたい、きっかり2年で盗まれるなんて、考えようによっては完全に計画的だよね。
「次はマンパンに2年間貸し出す」とか、唇をぬぐって宣言するシャランナの顔が、かなりリアルに浮かぶんだ。