案内の男が倉庫を立ち去って、太った商人と僕の二人だけになった。
他に誰も居ないのなら、話してくれないかなあ?
このカントパーニに何が起きているのかを・・。
僕が目で合図を送り、質問を口をしかけた瞬間、商人はまるでそれをさえぎるかのように「そこへ座れ」と命じてきた。
そして、僕が座るのと入れ違いのように立ち上がり、ずらりと並んだラックの列の間に入っていった。
それほど僕との会話を恐れているということか。
つまり、この倉庫内にもマンパンかフェンフリーからの使者が潜んでいて、この様子も監視されている可能性が高い。
しばらく座って待ってみたが、商人は中々僕の前に姿を見せない。
かといって倉庫から出て行ってしまったわけじゃなくて、何やらゴソゴソと音を立てているから、この中のどこかにいることはわかる。
でもいったい、何をしてるんだろうか?
僕は少し緊張し、手に汗が滲んできた。
まさか出発して間もないこの段階で殺りにくることはあるまいと、僕は完全にタカをくくっていたんだ。
敵はあえて手を出さずにしばらく時間を置き、アナランド国民が「勇者の出陣」に沸き立つ時期をやり過ごすだろうと思ってね。
出発後、時間が経つにつれて、国内情勢は今よりももっと厳しくなる。
そうなると領民たちは追い詰められて「勇者の帰還」を心待ちにするようになる。
僕を抹殺するなら、そこまで機が熟してからのほうが、より大きな失望感を与えられるでしょ?
だから、殺りにくるならもっと後半だとばかり思ってたんだ。
けど、よく考えてみれば、派遣された使者を早々に始末してアナランドを追い詰めるという発想もなくはない。
【王たちの冠】奪還の担当者が僕に決まってから出立に至るまでに3か月以上かけたことは、いわばそれがアナランドの緊急事態への対応能力であるとも言い換えられる。
もしここで僕を殺った後、次の2人目が即座に派遣されるようならば、3か月もかけた僕のケースは初回だからこそで、もはや国内の体制は整ったと予想が立つ。
そこでまたモタモタするようなら、そんな程度の国だということだ。
さらに、初代担当者の僕と、2代目担当者の能力差を調べることで、アナランドの人材力も見えてくるよね。
つまり、ベンチ層の厚さが、さ。
戦いは始まっている。
机上での安易な思い込みは厳禁だったんだ。
何が起こるかわからない現場に正解はなく、責任だけがある。
そして責任は、死ぬか切り抜けるかの2択でしか果たせない。
出発間もないカントパーニで『実践の洗礼』を受けた僕に、生きて再びアナランドへ帰る日は来るのだろうか?