ブツブツと文句を言いながら30分ほど歩くと、ようやくシャムタンティの丘を登る斜面に差し掛かった。
連なる丘を目指して昇り続けると、やがて道が二手に分かれる場所に来た。
「さて、どっちへ行くか」
じつは僕の意思は最初から決まっていて、別に迷うことはなかったんだけど、それでも立ち止まった理由は前方に生えた大きな樹にあった。
弱々しいすすり泣きが聞こえてくるんだ。
樹に近づいて見上げると、いちばん低い枝の上に腰かけた老人が、助けてくれと僕に懇願した。
飛び降りるのが怖いらしいが、この年齢ならもっともだ。
ただ、「どうやって登ったのか?」という疑問は否めないけど。
その疑問はすぐに解消した。
老人はダンパスから旅してきて、僕の故郷アナランドを目指しているのだが、悪さをするエルヴィンたちの餌食になり、持ち物を取られたうえに木の上に置き去りにされたという。
救ってくれた僕への感謝と言うことで、なにやら意味ありげな詩をうたってくれた。
そいつはそこに見えてるが、彼にはお前が見えはせぬ
黒い目をした生き物が、そっと忍んで寄ってくる
守護者だったは昔のことで、いまや哀れなこの運命
自由への鍵は彼の手に
何を意味しているのかは全く分からなかった。
この老人は『守護者』だったってことかな?
でも『鍵は彼の手に』って言ってるから他人のことだよな。
詩の意味を考えている僕の手に、老人は何かを押し付けてきた。
(ひょっとして、鍵? 僕が『自由への鍵』を手にできるとか?)
でもよく見ると、それは彼が手に持っていた魔法の呪文の書で、その中の1ページだった。
老人の持ち物を奪ったエルヴィンは、手に持っているものはノーマークだったのかな?
なんてくだらない考えが一瞬頭をよぎったけど、気を取り直してそのページを見ると、どうやら害虫を追い払う呪文らしい。
アナランドで僕が学んだ魔法呪文とは系統が異なるもので、詠唱すること自体ができない。
老人が僕に何を与えようとしているのかは不明だけど、まあとにかくもらっておくよ。
彼は僕に別れを告げると、意外にしっかりした軽い足取りで、僕がやって来た方向へ歩き始めた。
途中にカントパーニがあるけど、何も持たないあの老人を、さすがに山賊は襲わないと思う。
さて、道に戻るか。