【公的勇者】ソーサリー主人公が高卒公務員だった場合

スティーブジャクソンの傑作「ソーサリー」のプレイ小説。 愚痴と不満が渦巻くニヒリズムファンタジー

カテゴリ: 1日目(5月26日)

粗末な朝食を摂り終えた僕は、いよいよカクハバードとアナランドを隔てる門の前までやって来た。
目の前にはサイトマスターという監視専門職の公務員が立って、はるか頭上の見張り台との交信を行っている。

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サイトマスターの数はさほど多くないが、求められる現場はかなり多いんだ。

通常、彼らの多くは防衛庁か警察庁に入庁して、そこで年次を重ねていく。

他に、ごく少数だけど自治省にもポストがあって、そこが一番の出世コースらしい。

基本的に現場職、つまりいわゆる「ブルーカラー」だからという事情もあってか、サイトマスターにはキャリアのエリート官僚がいない

就職したらまず現場にはじまり、現場のまま生涯を過ごして退官する。

出世に目がくらんで省庁内政治にうつつを抜かすサイトマスターの話なんて一度も聞いたことがないし、彼らの中での最高峰である自治省に勤める少数の出世頭だって、着任初日から現場に立つことに変わりはない。

結局のところ、サイトマスターはどこへ行ってもサイトマスターであり、それ以上でもそれ以下でもない。

そう言ってしまうと何だか彼らが社会的には弱者みたいなイメージが湧くかもしれないけど、実はそうじゃないんだよね。

このサイトマスターっていう専門職従事者は、退職後も民間の商人が金庫番とかに雇ったりして、公務員の中でもダントツにつぶしの利くスキルホルダーなんだ。

そのせいで、最初は事務職で官庁に入ったものの、退職後のローン支払い額に恐れをなした公務員が、姑息にもサイトマスターへ職種を鞍替えするケースが目立って、サイトマスターの質の低下が問題になった時期があったんだよね。

最近は締め付けが厳しくなって、自分勝手な鞍替えをする連中は減ったけど、制限がやたらと増えたせいでサイトマスターのなり手自体が減っちゃってね。

いつの時代でも、自分の利得に走ってモラルを下げ、志ある人たちの人生を邪魔する迷惑な連中っているよね。

子供のときからサイトマスターを目指して頑張ってきたのに、泣く泣く諦めて技能を失った若者が、僕の同僚にもいてさ、ホントにもったいないと思うよ。

そこへマンパンの大魔王による冠の強奪事件が起きて、その後の国内外のきな臭い情勢が加わったもんだから、サイトマスターは今、完全に需要に対して供給が追っついてないんだ。

過労死するサイトマスターのニュースなんかもチラホラと聞かれるようになって、彼らの働き方についての論争が、一部の識者やマスコミの間に広まって物議をかもしているくらいだ。

たしかにね、長時間の緊張を強いられる勤務がほとんどの彼らは、パンデミック時の医療従事者と同じく、もっと国家が手厚く守ってあげるべき存在なんじゃないかと僕は思っている。
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ちなみに、異様ないでたちではあるけど、サイトマスターはれっきとした人間だよ。

衣装が奇抜なせいと、彼らが受ける特殊訓練によって、特別に発達した目のサイズの大きさが目立つので、エルフ族やドワーフ族などと比較すると人間離れして見えるけども、サイトマスターは僕と同じ人間種族だ。

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「おぬしの訓練ぶりを見てきて、おぬしこそこの任務にふさわしい闘士だと確信した。幸運を祈る」

武骨なサイトマスターの軍曹は、心からの言葉を僕にかけてくれた。
王国を苦しめている呪いと憂鬱が消え去りますようにと、何かにつけてはアナランドの国と国民の幸せを祈っている男だ。

どうやら彼も、ベテランのサイトマスターによくみられる“公僕の鏡”みたいな人格者らしい。

政府の度重なる判断ミスのツケが最もひどく押し寄せる末端現場のひとつがここだ。
そのせいで過酷な勤務状況がずっと続いている

ほとんど休みも取れずに働き続け、疲れてるはずなのに、まず全体を思いやる性格がにじみ出てるね。

責任感もすごく強いし、それに見合った実力も持ち合わせた「ザ・プロフェッショナル」だよ。

たぶんだけど、シャランナから【王たちの冠】を借りたとき、その警備は彼らに任せるべきだったんじゃないかって、僕は思うんだ。

ってか、誰だってそう思うだろう。
世界平和樹立の夢をモロに担う、国家レベルの責任を伴うことなんだしさ。

冠の借用期間はきっかり4年。
その警備を公務員の彼らが担当すれば、2年と2年で人事異動のスパンにだってピッタリはまるしね。

なぜ政府はハンナなどという御用商人からシロウト警備員を調達し、今やフェンフリー同盟諸国の国宝となっている大事な冠を見張らせたのか?

どう見ても最初から失敗フラグを立てていてさ。

「もうそういう名目はいらないからさ。直接現ナマ渡してそっちの話は終わらせてだよ、現場の実務は本当に能力ある者を配置させてよ。余計なチャチャ入れて実務の邪魔すんなよな」

ホントそう言いたい。

お仲間にマネーを渡すアリバイに「お仕事」を仕立ててるだけじゃないか。
ぶっちゃけ、仕事のクオリティなんてどうでもいいんだ、利権まみれでカネの動きしか見てない連中ってさ。

純粋な労働者層の実務をかきまわす迷惑手法に、僕も含めた非・上級国民はホントうんざりしててね。
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フェンフリー国の王・シャランナから借り受けた世界の至宝【王たちの冠】を、アナランドが奪われたことだって、冠をダシにした既得権者の金儲けがそもそもの原因だと思うよ。

連中にとっては冠の警備なんて「ついで」みたいなものだったんだろう。
だから、いちばん肝心なところが手薄になったんじゃないかな?

政府とハンナとの間にどんな利権がらみの筋書きがあったか知らないけど、長年にわたる特別訓練を積んだ専門職のサイトマスターを擁しながら、わざわざシロウトなんかに大事な冠の警備を任せた政府の失態だ。

どうでもいい内容の事柄で、しかも何の問題も起きさえしなければ、ただカネを流して中抜きでウハウハできたんだろうけど、いざ問題が起きたときに顕われる馬脚が、あまりにもお粗末すぎて見るに耐えない

そしてしくじったマヌケな実行犯が、教唆した奴に泣きついたときのリアクションがまた、領民の怒りと不信を買うんだよなぁ。

ハンナへの厳しい責任追及を躍起になって終息させたのは政府だからね。
まったく、始末の悪い茶番だと思う。

今の政府が終息に力を尽くすべきものが、もっと目の前にあるじゃないか。

どうして自分たちの仲間をかばうことのほうが、国民の生命財産より優先されるのだと、大衆はさかんに呟いているよ。

いくらハンナが人材調達でのし上がってきた商人だからといって、ただカネを流せばいいというものじゃないと、同じ公務員の僕でも思う。

かけた金で成果を上げてこその経済政策であり、むやみに特定箇所にジョボジョボ垂れ流すのは全くの筋違いだ。

公務員の僕が言ってもあまり説得力ないかもしれないけど、税金の使い方を「派手」とか「華やか」、「便利」とか「手軽」といったふうに、安易な方向にシフトするのは良くないと思うんだよね。

質実剛健かつ効率の良い使い方ができる能力がないなら、無理して自分の担当期間内でお金を使おうとせず、できるだけ早々と自らの座を明け渡し、より優れた使い手に委ねる決断だって大事だ。

予算額の大きさを自分の勲章にするんじゃなくて、高度な政治的判断によって勇退し、その潔さと貢献度が今なお称えられる政治家とか官僚だってアナランドの歴史には残ってるし、そういうの小学生のとき教科書で見て憧れただろ?

だからこの世界での活躍を目指してきたはずなのに、けっきょく成長したのは地位と名誉と財産への執着心だけだったなんて、小学生の頃の自分に語れる? 誇りを持てる?

自分の力不足を認める姿がどれだけダサくたって実質本位を心がけてさ、どれだけ不便だって地道に取り組むのが、「稼がなくても生きていける」公務員のとるべきスタイルだと思うよ(むろん政治家もね)。

このサイトマスターの軍曹だって、いかにも政府や官僚のウラ事情には通じてなさそうでさ。
どうにもあか抜けない、いかにも「冴えないオジサン」ってカンジなんだけど、だからこそ実直な仕事を淡々としてくれる。

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結局、最後のさいごに信頼のおける人物っていうのは、こういう人のことなんだと思う。

僕は少しだけ心をほっこりさせてくれたサイトマスターに見送られ、城門を後にした。
とうとう正式に出国し、任務の途に就くんだ。
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門を出た僕は、軽快な足取りで歩き出した。

何とも皮肉な話だけど、僕にとっての“敵”は、自国領を出たことで半減したと言ってよい。

今の僕の敵といえば、純粋な戦闘で戦えばよいだけの盗賊とか、僕の命を狙って罠や攻撃を仕掛けてくるマンパンの使いたちだけになったからだ。

国内で今回の任務担当者として過ごさなければならない、あの狂おしいほどの重圧からは解放されたんだ。

僕がたった今足を踏み入れた世界は【危険な土地カクハバード】と呼ばれている。

アナランドでは耳タコでそう聞かされて育ってきたけど、それは情報に乏しい老人や、広く外界情報を求める努力を怠った人間たちの迷信に近いものだと僕は思っているんだ。

僕の手元には、通商産業省(通産省)から入手したデータベース資料がある。

それを見れば一目瞭然なんだけどね。

【王たちの冠】が盗まれてフェンフリーとの関係にひびが入り始めてから、アナランドの暮らしを支える物流のルートはガラリと変わっている

フェンフリー同盟諸国から「みなし敵国扱い」されている現状のアナランドは、当然ながら同盟諸国との交易の縮小が続き、最近ではほとんどゼロと言ってよいくらいだ。

現在のアナランドが国外から手に入れる物資の9割以上は【危険な土地】カクハバードを経由して入ってくるし、外貨もすべてカクハバードを通じて得ている状況だ。

ちなみに「カクハバード」は国ではなく地域の名だ。

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その中には港町カーレをはじめ、各所に集落が点在している。
また、それらを渡り歩く行商人などもカクハバードには多数いて、彼らはその身軽なフットワークで地域経済のつなぎ目の役割を果たしている。

といった具合で、未開の地のように思われながらも、じつはカクハバードが活発な経済活動の拠点になっていることは、アナランド国内であまり認知されていない

本当は通産省のデータベースを読み解けばすぐにわかることなんだけど、“危険な土地カクハバード”っていうステレオタイプが昔からの主流だし、特に公務員は前例主義だから、このデータを擁する通産省自身が、一向にデータベースをそういう目で見ようとしない。

口を開けば「経済は縮小または停止」と念仏みたいに繰り返すだけだ。
せっかくこの情報を教えても右から左に抜けてっちゃう連中ばかりだしね。

だから、頭脳を官僚に預けて思考停止状態の政治家たちも右へならえで、カクハバードを基軸にした新・地域経済には実に疎い。

中小規模の商人ぐらいだね。そこに気づいているのは。

危険な土地カクハバードだって、商取引が成立するのなら、彼らは敢然と飛び込んでいく
そして、取引が成立するのなら、相手がどんなゴロツキでもそこには必ず人間関係が確立する。

友情が芽生えることだってあるし、卑賎な者同士の世界にでも、ブランドは確立するんだ。

ま、彼らの見た目とか言葉づかい、立ち居振る舞いなんかを見たら、お上品な宮廷官僚たちは目を背けてしまうから、アナランド経済の実態を支える現場の実情なんて、連中は知っちゃいない。

帳簿や統計資料だけ見てても、適切な現実判断はできないんだよね。動くのは現場なんだから。
それも、エリートさんたちが目を背けるような卑賎な連中が蠢いている現場だからね。

ま、宮廷官僚と僕ら下級公務員の感覚は違うし、下級公務員の中でも変わり者の僕に言わせれば
「カクハバードは恐れる場所じゃない。利用する場所だ」ってことになるんだ。
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1時間ほど歩くと、遠くに小さな集落が見えてきた。
カントパーニという村だ。

先刻アナランドの城門を出る前に、サイトマスターの軍曹が親切で僕に教えてくれた村の名だけど、実は僕はカントパーニをよく知っている

さっき「危険な土地カクハバードがアナランドの経済を支えている」って話したよね。
で、アナランドの通産省は、そのデータを得つつも見ようとしないって。

これは運輸省にしても同じことで、それを裏付けるデータを、彼らはふんだんに持っている。

データがあるってことは、その元になる行動が存在してるっていう証明なんだ。
なのに、公務員ってのは既存の概念に固執するから、だれもカクハバードへ調査に行こうとしないんだよね。

もしも「カクハバード関連の経済施策には多額の予算が付く」とか、「自分たちの省の歳入になる」なんてことが確定してるなら、いくら頭の固い彼らだって、リスクを負いつつカクハバードの実態調査をすると思う。

でも、今の段階だと先が見えないからね。

通算省とか運輸省みたいな力のある事業官庁の公務員は「カネ持ってんぞー!」の世界観の中で暮らしてて、特にその中でも上の地位に居る連中はプライドも人一倍だから、先が見えないリスクを取って失敗するような恥は、絶対にさらしたくない。
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そこで、自分たちが手掛けて失敗したことにしたくない場合には、連中は手下を使う

手下の一方は、御用商人を頭に据えた商人集団
もう一方は、力が無くて予算額も小さな弱小官庁だ。

通算省や運輸省みたいにがっちりと業界の権限を握り、商人たちが稼ぎ出す巨額な金の渦の中で強靭な生命力を発揮しているのが「事業官庁」というのに対して、僕ら環境庁みたいに、連中が力任せな立ち回りで生じたゆがみやひずみを整えていくのが「調整官庁」っていう組織だ。

予算の額は、大人の給料と子供のお駄賃ぐらいに違う

ちなみに、今回の僕の任務に便宜的につけられた名称は「カクハバード環境影響評価」
つまり環境アセスメントだよ。

この命名は、【王たちの冠】奪還の担当者に任命された僕が、たまたま環境庁職員だったから付けられた、環境庁ならではの独自な名前と思うかもしれないけど、実際のところ、通産や運輸でも環境アセスは行う

それも、環境庁とはケタ違いの予算を使った大規模なものをね。


だいたいわかってきたかな?
今回のからくりが。

本来、盗まれた【王たちの冠】を、公務員が取り返しに行くなら、全省庁の職員が候補に挙がる。

でも、過酷な上に責任も重大だから、失敗したときのことも考えて、力の強い事業官庁は手を出したくない

かといって、成功したときに「自分たちも協同した。今回の壮挙に対して力を尽くした」と主張して、手柄と利権は自分たちのものにしたい(←ここ大事です)

だから、予算の少ない弱小官庁をスケープゴートに差し出し、失敗したら他人のフリ、成功したら兄貴ヅラできる対象として選ばれたのが環境庁だったってことだね。

環境アセスなら、彼らはどこからでも当事者の顔をして話に乗っかってこれるから、都合が良かったんだと思う。
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