粗末な朝食を摂り終えた僕は、いよいよカクハバードとアナランドを隔てる門の前までやって来た。
目の前にはサイトマスターという監視専門職の公務員が立って、はるか頭上の見張り台との交信を行っている。
サイトマスターの数はさほど多くないが、求められる現場はかなり多いんだ。
通常、彼らの多くは防衛庁か警察庁に入庁して、そこで年次を重ねていく。
他に、ごく少数だけど自治省にもポストがあって、そこが一番の出世コースらしい。
基本的に現場職、つまりいわゆる「ブルーカラー」だからという事情もあってか、サイトマスターにはキャリアのエリート官僚がいない。
就職したらまず現場にはじまり、現場のまま生涯を過ごして退官する。
出世に目がくらんで省庁内政治にうつつを抜かすサイトマスターの話なんて一度も聞いたことがないし、彼らの中での最高峰である自治省に勤める少数の出世頭だって、着任初日から現場に立つことに変わりはない。
結局のところ、サイトマスターはどこへ行ってもサイトマスターであり、それ以上でもそれ以下でもない。
そう言ってしまうと何だか彼らが社会的には弱者みたいなイメージが湧くかもしれないけど、実はそうじゃないんだよね。
このサイトマスターっていう専門職従事者は、退職後も民間の商人が金庫番とかに雇ったりして、公務員の中でもダントツにつぶしの利くスキルホルダーなんだ。
そのせいで、最初は事務職で官庁に入ったものの、退職後のローン支払い額に恐れをなした公務員が、姑息にもサイトマスターへ職種を鞍替えするケースが目立って、サイトマスターの質の低下が問題になった時期があったんだよね。
最近は締め付けが厳しくなって、自分勝手な鞍替えをする連中は減ったけど、制限がやたらと増えたせいでサイトマスターのなり手自体が減っちゃってね。
いつの時代でも、自分の利得に走ってモラルを下げ、志ある人たちの人生を邪魔する迷惑な連中っているよね。
子供のときからサイトマスターを目指して頑張ってきたのに、泣く泣く諦めて技能を失った若者が、僕の同僚にもいてさ、ホントにもったいないと思うよ。
そこへマンパンの大魔王による冠の強奪事件が起きて、その後の国内外のきな臭い情勢が加わったもんだから、サイトマスターは今、完全に需要に対して供給が追っついてないんだ。
過労死するサイトマスターのニュースなんかもチラホラと聞かれるようになって、彼らの働き方についての論争が、一部の識者やマスコミの間に広まって物議をかもしているくらいだ。
たしかにね、長時間の緊張を強いられる勤務がほとんどの彼らは、パンデミック時の医療従事者と同じく、もっと国家が手厚く守ってあげるべき存在なんじゃないかと僕は思っている。