【公的勇者】ソーサリー主人公が高卒公務員だった場合

スティーブジャクソンの傑作「ソーサリー」のプレイ小説。 愚痴と不満が渦巻くニヒリズムファンタジー

カテゴリ: 国の事業の裏側(出発前)

出発の朝は、日の出とともに目覚めた。

こんな状況の中でわざわざ役所へ出勤し、朝9時に交付される辞令を受け取るのが嫌だった僕は、必死の思いで上司を説得し、早朝出発の了承を得ていた。

しかしあれは夢ではなかったか?

今日の9時になって「アイツ、どこへ行ったんだ!」とかいうことになったりしないだろうな?
起き抜けの混濁した意識の中で、記憶がやや曖昧な僕の目覚めは、決して快いものではなかった。
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世界を揺るがす大事件!
一刻を争う超緊急事態!!
国家レベルの重要任務!!!

・・だというのに、辞令は朝の9時に受け取ってから行けだとか、役所というのはとにかく慣例墨守主義、スピード感もへったくれもあったものじゃない。

僕だって他人のことを言えた義理じゃないが、少なくともそんなくだらない慣習に背を向けていられる程度には、世間のことを分かっているつもりだ。

もっとも、そんなのはただの自己満足だって、一般国民にはバレバレなのかもね。

僕は自嘲するようにフンと鼻を鳴らし、起き上がって服を着た。

朝食はパンとヤギの乳だけの簡単なものだ。
まったく、簡単すぎてため息が出る。

本当は4月1日から、僕の食事はこんな廃れた貧相なエサとは比べ物にならないくらい、華やかで豪勢なものになるはずだった。

今回の任務担当者に充分な滋養を確保するものとして、補正予算に計上された多額の食費相当額は、一体だれの懐に入ったんだ?

少なくとも僕の胃袋に入ったおぼえはない。

当初、今回の任務の辞令は4月1日付と決まっていた。

僕はその日から特別に設けられた新部署へ異動し、任務遂行の準備に専念しつつ、今日という日を迎えるはずだったんだ。
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環境庁職員である僕の特別任務名は「カクハバード地域の環境影響評価」
いわゆる環境アセスメントだ。

しかしその任務内容の実態は全く異なるものだ。
なにせ、遥かザンズム連邦まで旅をして、そこにそびえるマンパン砦に侵入し、大魔王に奪われた世界の宝【王たちの冠】を取り戻してこなければならない。
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大魔王を欺くために適当な名称の任務に従事する形をとったけど、そんなことアチラさんは百も承知だ。
そのことについては後で話すけど、たまたまこの任務の担当が環境庁の僕だから、一応それっぽい名前にしてあるだけで、本来の任務は「冠の奪還」だ。

この任務には僕の祖国アナランドだけでなく、本来の冠の所有者であるフェンフリーのシャランナ王と、冠を借りて理想国家を作ったフェンフリー同盟参加国すべての願いと要求が込められている。

それほどの任務なんだから、本当は一公務員に辞令を発して従事させるなんておかしな話なんだけど、これも後で話すね。

とにかく、4月1日からこの任務のための新設部署に異動して、多額の補正予算を使った特別待遇が受けられるはずだったんだ。

滋養たっぷりの食事。
質の良い豪華な調度品がそろっていて、それでもなおゆったりした広い部屋。
庭には僕だけが入れる温泉。
執事や世話人たちによって整えられる家事一切。
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僕がすべきことは剣技をはじめとした闘術の鍛錬。
本草学・地質学の知見を高める学習。
魔法呪文に使う媒体収集と、選別・吟味。

・・など、この困難な任務の成功率を少しでも高めるべく、各種の準備に邁進する自分の姿を、2月ごろからずっと思い描いていた。

だって、そう聞かされていたからさ・・。

でもそれは甘すぎる幻想だった。

3月の中旬ごろから話の雲行きが怪しくなり、僕の頭のお花畑にはあっという間に寒風が吹きすさび、それに巨大な雹が加わって、咲き乱れる花々には穴が開き、あるいは潰された。
そして最後に津波が押し寄せ、僕の甘ったるい理想郷のすべてをさらっていった。

それで結局、5月26日の今日になって人事異動が発令されることになり、命がけの任務に出発する朝、こんな国境近くの辺鄙な地区の場末の宿屋で、粗末な朝食を食べているってわけさ。

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世界の命運をその肩に背負い、ただひとり巨悪に挑む勇者

そういうとカッコイイけどさ、たしかに。

しかもそれが自発的な「内からの声」みたいなものに駆り立てられてなら、まさに本物の勇者だね。

そんな人はきっと見返りなんか求めないだろうし、どんな苦難だってあふれる純粋な使命感で克服しちゃうでしょ。

でも同じ「勇者」だとしてもね、まさかそれが人事異動の辞令で・・つまり紙っぺラ一枚で命じられた公務員じゃあ、サマにはならないよ。

純粋な勇者なら、期待してなかった見返りを提示されたら、感謝しつつ辞退するようなカッコよさを見せつけてくれるんだろうけど、僕なんかはダメだね。

なんせ「期待した見返りがオールカットされた驚きと失望」に苛まれたところからのスタートだから、カッコ良さとは最初から程遠いんだ。
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僕の役人人生はそこそこ長い。
まあ、中堅係員(ヒラ)くらいのところかな。

高卒ノンキャリア組だから、若い割には年次がそこそこで、「中堅」って言ってるけど実は係員としてなら「ベテラン」だ。
でも係員の分際でベテランなんて言葉を使うと色々とアレなもんで、僕らは何となく自分らのことを「中堅」っていう習わしになってる。

でね、
これまでの経験の中で、官僚組織の身勝手さはかなり体得したつもりだったけど、あくまでもそれは日常業務の範疇っていう尺度に過ぎなかったことを、僕は今回の件で初めて知ったんだ。

政治レベルの問題が絡むと、これほどまでに官庁のルールは腐ってしまうし、下っ端公務員の存在なんて、全く物の数ではないものだということを、この有事の中で僕は思い知った。
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僕の辞令は、当初予定の4月1日なんかには出されなかった。
2カ月近く待たされたあげく、ようやく5月26日に発されることになったんだ。
つまり、今日。

ということは、当然だけど昨日までの僕は、今回の任務とは無関係の人間のはずだ。
だから、さっそく今日から必要なことだとしても、昨日までの僕に、この任務の準備に専念してもよいという法的な裏付けはない。

昨日までは別な担当を任されているから、そっちの仕事をしないと怠慢だという評価になってしまう。

そして、まだ正式な辞令を受けていない僕に対する厚遇を、役所が用意しなければならない理由もない。

4月1日から受けるはずだった特別待遇は、新設部署が発足していない以上、完全に絵に描いた餅に過ぎなかった。
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いや、きっと部屋が発足していても、その旨みは僕には回ってこなかったんじゃないかって気がする。

「カクハバード特別環境調査室」の室長に就任するはずだった、大蔵省の幹部のスキャンダルが表ざたになって室長人事が流れた時から思ってたんだ。

僕が聞かされてた「特別待遇」って、室長が受ける恩恵のことだけを指してたんじゃないかって・・

たぶんそうだね。
いや絶対そうだと思う。

僕はその室長の小間使いをしつつ出発の日を待ち、成功して帰ってくると室長の手柄として記者会見が行われるシナリオだったんじゃないかと・・・

要はご褒美人事(この場合は相手が大蔵省だから“ゴマスリ人事”かな)のための顕職として企画された部署が、真の目的を失ったために宙に浮いただけだと思う。

真の任務担当者の僕の存在感はほとんどゼロの茶番劇だったんだと思うよ、おそらくね。

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大蔵省へのゴマスリのために、アチラで行き所のなくなった使えない幹部を引き取るため、国運をかけた今回の任務のための特別室をこさえたというのに、当のご本人がご自分の身勝手なスキャンダルで官界を去り(表向きは、だけどね)、用無しになったカクハバード特別環境調査室は、結局僕の人事発令日まで幽霊のような存在になり下がった

この部屋の運営維持のために組まれたはずの多額の補正予算は、今頃どこで何をしてるんだろう?
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でも、新設の調査室が正式発足後は、幽霊室も実体化せざるを得ない。

一時はすっかり身を隠してしまった多額の予算も隠れ家から次々に姿を表し、この調査室唯一の所属員であり、何より命を懸けた過酷な任務の実施担当者である僕の心と体を潤わせるために、一身に尽くしてくれるはず。

金貨のベッドに横たわり、金貨の風呂に入り、金貨で身体をぬぐって・・・、いやもう酒池肉林の日常を満喫できるだけの金銭をジャンジャン使えるという期待(妄想)は、ある程度はあった。

しかし、事実は僕の想像(妄想)のナナメ上を突っ走ったんだ。

『環境情報センターへの配属を命じる
(併任)カクハバード環境調査室への異動を命じる』

なんだって? (併任)だと?
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「環境情報センター」っていうのは、僕のこれまでの所属だ。
カクハバード特別環境調査室へは併任という形を取り、今回の人事はいわゆる「併任人事」になることが、しばらく前に決まったんだ。

辞令が出るっていっても、こうなったら肩書きが増えただけみたいな結果になることが多い。

要は「お前はいつも通りに仕事しろ。でも併任部署のほうで何かあるときには、そっちにも対応しろ」ってことだよ。

しかも僕はまだ係員。つまりヒラだから辞令に役職が明記されない。
これだと“肩書き”もへったくれもないよね。

係員時代の併任っていうのはあまりないけど、仮にあったとしたらこんな感じになるという見本みたいなもんだ。

けど僕の場合、併任部署(命がけの奪還)のほうの業務専任になる。

だったら「環境情報センター」のほうを併任にしろよと思うけど、そうはならないところがまた腐ってるよ、ホントに・・。
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人事の慣習上、今までの部署における立ち位置に、僕は依然として居続けている。
僕を管理監督して、評価するのもこれまでと同じ上司がすることになっているんだ。

特別任務だといっても、直接の監督者がいない新設部署で働くプロセスは、誰も評価できる上司がいないってことだよ。

これがこの企画を仕組んだ人間にとって大事なところで、僕が新部署のほうに「併任」しているかぎり、そこに基づく処遇などは全てぼやかすことができる。

カクハバード特別環境調査室に示達された多額の補正予算の中から、申し訳程度にお金を出せば、連中(誰なんだ?)の懐は痛まないという仕掛けだ。
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そんなわけで、補正予算がいくらつこうが、任務実行者にどれだけの計画予算が組まれようが、それは眺めるだけで決して手を出すことができないお飾りみたいなものにすぎないっていう現実を、僕は全身で味わっている。
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「うなぎを焼いた煙の匂いで飯を食う」なんて、どこの国の言葉だか思い出せないけれど、古い言い伝えで聞いたことがある。

僕は、ありつけると思っていた豪勢な料理の数々を空想しながら、自分の給料で賄う、いつもの粗末な食事を摂っている。

固くなった味のしないパンを口に放り込み、ぬるいヤギの乳で流し込んでいると、外では前哨部隊の居留地が騒がしくなり始めた。

警備兵の朝の交代時間なのだ。

女たちが外へ出て、洗濯や食事の支度をしている音も混ざってくる。

冠が盗まれて以来、【暗黒の土地】と呼ばれるカクハバードの南西に位置したこのアナランドでは、特に北東の門の防備が厳しくなった。

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増員のため他の地区から回された兵士により、この辺境の地が賑わっている。
食糧や雑貨、武具や補強材なんかの流通が増えて、市が立つほどなんだ。

僕は3日前ここへ来て、初めてそのことを知った。

北東地区の警戒に力が注がれる一方、我が国への侵略がささやかれる他国軍が、南西方面からアナランドをうかがっているとの警戒感を高めている。

今のアナランドの国力は、北東と南西に偏っている。
軍事力もそうだし、経済力も労働人口もね。

国境付近に配置される兵士が圧倒的に不足したので、中央から引き抜かれた兵士たちが東西の前哨基地に集められた。
僕は最近訪れていないけど、南西地区もここと同じように賑わっていることだろう。
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そして、精鋭を東西に集結させたため、その他の前哨基地は軒並み手薄になっている状況が、しばらく前から続いている。

臨時に前哨基地に配置された近衛兵が、いつしか前線に腰を据えるようになっていて、実のところ城下町をはじめとした中心地区は、攻撃されたらひとたまりもないことは半ば公然の秘密なんだよね。

僕の勤める官庁街でも、平和を謳歌したあの頃とは比較にならないくらい閑散としていることがわかるようになっているしね。

お城の警備が手薄になるのはマズいからと、警官が近衛兵の代わりに王の近辺に配置されたせいで、警察力も弱っている。

そのせいで中心地区での犯罪が増えているし、急な人口増加が起きている辺境地区でもまた、犯罪が増えて問題になっている。
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治安の悪化におびえる善良な市民たちは、安心して暮らせる元の日常を願ってるけど当然だよね。

だいたいの状況はわかってもらえたかな?

国全体をグルリと外壁が囲んでいても、安全は確保できないし、安心の確保はもっと難しい。
やっぱり平和なことが一番価値のあることなんだね。

そして、その何よりも“平和”が望まれるこのタイミングで、“勇者”への期待値は最大級に達する。
つまり、僕に対して・・・

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