【公的勇者】ソーサリー主人公が高卒公務員だった場合

スティーブジャクソンの傑作「ソーサリー」のプレイ小説。 愚痴と不満が渦巻くニヒリズムファンタジー

カテゴリ:1日目(5月26日) > シャムタンティの丘へ

カントパーニの出口近くまでたどり着いた。

もはやこの辺は中心地から離れていて、小さな小屋が点々と並ぶだけのうすら寂しい場所だ。

 

その間を抜けていくうちに、妙な違和感をおぼえたんだ。

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どこかで「シッ」と声を殺す気配がする。

戸口の陰からこちらをうかがう顔が、目を向けるとサッと引っ込んだ。

 

明らかに彼らのターゲットは僕だけど、これがマンパンやフェンフリーの工作員だとしたら、何ともマヌケだ。

こんなにあっさりと気づかれるようでは、とてもプロとは言えないよね。

 

(ひょっとしてこの村は、工作員に占拠されてるわけじゃないのか?)

 

そんな気もしてくるけど、どっちにせよこのまま村の中心に戻っていいのかという疑念が湧いてくるね。

明らかに怪しすぎるだろ。

 

この村からは、暗くなる前にできるだけ離れておいたほうがいいかもしれないな。

この様子じゃ、仮に食料を買ったとて、中に睡眠薬とか入ってるかもしれないし。

 

再び村の中心地へ向かう僕の様子は、既に知られているとみた。

僕が食料を欲しがっていることは、さっきの商人が知っている。

何か仕込んでおいて、何食わぬ顔で売りつける可能性があるな。

 

僕は思い直し、Uターンして村を出ることにした

もうすぐそこが村はずれだ。あの大岩の前を通り過ぎたら、村人たちの視線ももう届かない。

 

その瞬間、まさにその大岩の陰から二人の村人が剣を構えて襲い掛かってきた

やつらは僕に背負い袋をよこせと脅してくる。

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今までこの村では大きな買い物などしたことがなかったけど、今回は一気に僕の年収ぐらいの現金を支払ったからね。

『大金を持った旅人』って認識されたんだろうね。

 

単なる盗っ人が現われたということは、カントパーニはまだ、フェンフリー同盟の前哨基地になってるわけじゃなさそうだ。

僕の邪魔をして、彼らに利があるとは思えないからね。

 

ただ、どうやら村全体がグルになってる感はあるね。

村営の盗賊とでもいうべきか。

アナランド発祥の治安悪化の影響を、一番受けやすいのはこの村かもしれないからね。

 

それはともかく、まずはこの状況をどうにかしなくちゃね。

もちろん、言うことを聞いて背負い袋を渡す気などない

 

脅しをはねつけると、連中は両手で剣を構えて突進してきた。

二人を相手に剣で戦うのは不利だ。

ここは魔法を使うとしよう。

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ところで、「魔法」ってどんなものか、知ってる?

この旅で初めて魔法を使うことになるから、最初に1回だけ説明しておくよ。

 

魔法って聞くと、不自然で不可思議で非現実的なものだって思っちゃうよね。

 

でもね、魔法ってのはあくまでも『超』自然現象であって「不自然現象」じゃないんだ。

 

たとえばさ。

 

水中の敵と戦う時に、火の玉を飛ばすHOTの呪文を使うと、当然だけど相剋の関係が生まれるよね。

たとえ呪文で火が作れても、それを水中で使おうとするようじゃ、魔法使いとは言い難い。

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もちろん、強引に炎系呪文でケリを付けられないことはないけど、それって自然への冒涜みたいなもんでさ。

 

けた外れの力を持った魔法使いなら、周辺の水という水を乾上がらせて勝つこともできるはずだけど、はっきり言ってそういう魔法使いは長持ちしないと思うよ。

少なくとも僕が知るかぎり、現役のベテラン魔法使いの中に、そんなことをするタイプの人はひとりもいない。

 

「魔法を学ぶ」っていうのは、まずそういった理(ことわり)を知ることから始まって、結局さいごの最後までバカみたいに徹底した現実思考のパターンで、長い間生活させられるんだ。

 

だから、魔法使いは例外なく、けた外れな現実的思考を持っている。

神秘的だと思ってる人が大半だと思うけど、それは大間違いなんだ。

 

神秘的な魔法使いなんて、実際にはただのひとりもいなくてさ

頭のてっぺんからつま先に至るまで、徹底した現実主義が詰まってる人種なんだ。

意外でしょ?

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「魔法使いは知的で賢い」って、よく言われるよね?

あれこそ、魔法使いが徹底した現実主義者であることを表す評価だと思うんだよね。

 

現実を極めると、他人からは非現実的に思われる。

一分の隙も無いほど徹底的に、ありとあらゆるロマンチシズムを放棄した結果、その代償として手にできるのが『呪文』てやつでね。

 

普通はさ、夢とかロマンとかの延長上に魔法が存在してて、それで『呪文』を求めて魔法を覚えようとするでしょ?

だから覚えられないんだ、魔法はね。

 

「どうも魔法を覚えられない。呪文が身に付かない」と嘆く人は、心のどこかでまだ魔法に対する幻想を捨てきれてないからじゃないかと思うよ。

 

魔法を覚えたいタイプの人ほど身に付かない、なんとも皮肉な特技なんだ、魔法ってね。

だからこそ、ニヒルな僕にはピッタリのものだったわけだ。

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僕はここで、JIGの魔法を選択した。

さっき買った竹笛が、さっそく役立つときだ。

 

剣を立てて迫ってくる山賊ふたりに向き合ったまま、僕は呪文を唱え、笛に唇をあてた

(何してるんだ、コイツ?)という訝し気な表情が、山賊たちの顔に一瞬よぎる。

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 まだ、自分たちのこの先の運命を知らずにいるのだろうな。

どうやら魔法の知識はなさそうだしね。

 

僕は、目の前に迫ってくる刃先を感じながら、すばやく笛に息を吹き込んでいく。

笛の音色が響くと同時に、体のコントロールを失って驚然とする二人

 

振り下ろそうとした剣がヘナヘナと下がっていく。

そのままあらぬ方向へ突き出したかと思うと、しまいには手から取り落とした。

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剣を手放した彼らはギクシャクとぎこちなく手足を動かし、その場で下手なダンスが始まった。

こうなれば、後は完全に僕の思うがままになる

これがJIGの魔法だ。

 

僕は演奏のテンポを徐々に上げ、それにつれて彼らの動きは激しくなる。

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JIGの呪文は、媒体に使うのが笛であるがゆえに、魔法呪文の中でも珍しく強弱のコントロールが利くんだ。

あと、効果時間が長続きする点でも特異なものだし、特にこんな場合は便利この上ない。

 

僕が山賊たちをしばらく躍らせていると、二人とも疲労のせいで息が上がってくる。

注意深く様子をうかがい、苦悶の表情がまやかしでないことを確認してから、村へ戻るよう命じ、音量を上げた

 

もはや足元が危なっかしくなってるけど、それでも彼らは踊りの歩を進め、僕から遠ざかっていく。

僕も笛を吹きながら背を向けて歩き出し、その場から遠ざかる。

 

途中でドサッと倒れる音が小さく聞こえてきた。

たぶん疲労で立てなくなったんだと思う。

ただ、笛の音色が聞こえる限りは、彼らの意思で踊りを止めることはできない

 

もうじき音が届く距離の限度を超えて魔法の効力は失せるはずだけど、そうなっても連中はしばらく動けないだろう。

魔法使いならではの撃退だね。

 

初戦、勝利!

充分な戦果だったと思うよ。

 

(メタ記述)
魔法の呪文は体力ポイントを消費しますが、道具を使うタイプのものは媒体の力を借りるため、失うポイントは一律で「1」。

主人公の体力ポイントは、今回のJIG使用により「20」⇒「19」になりました。

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まんまと山賊二人を撃退した僕は、カントパーニから無事に離れることに成功した。

せっかく村に入ったのだから、どうせなら食料を調達したかったんだけどね。

僕は背負い袋に入れてある、たった2食分の食料のことを考えた。

出張伺いに期間の日数を書けなかったことが原因で、僕には2食分の食料しか支給されなかったんだ。

忌々しい記憶がよみがえってくる。

 

大魔王から【王たちの冠】を奪い返す任務に「出張期間は○月〇日~×月×日」とか明記できるかっていうんだ!

会議に出席するのと違うんだぞ。

それから、年度末のお遊び出張(実質ただの観光旅行)なんかとは絶対に同列じゃあない。

 

「たとえ概算払いとはいえ、出張旅費が欲しければ、明確に旅程を書いて出せ。きちんと予定を立てれば、所要日数ぐらいわかるだろ、トーゼンな?」

会計担当者は、完全に上から目線で僕にそう告げた。

 

「公務の出張だろ? 『予定は未定です』じゃ会計検査院に説明できないだろ?」

この任務は領民のため、世界のためなんだけど、コイツの中では会計検査のほうがウエイトが高いようだ。

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まあ、わかってたけどね、コイツの頭の中ぐらい。

 

「お前はいつまでたっても国の仕事ってもんがわかってない。だから予定も立てずに『金くれ』ばかりが先に出てくるんだ」

規則墨守主義の公務員の中でも、マジでこの会計担当者は殺意をおぼえるほど頭が固い。

おまけにコイツは政治家とつながる資産家の家系で、お金に困ったことが生涯ただの一度もないという噂だ。

だから庶民感覚の僕らの言うことが、全く耳に入らない。

 

ぬけぬけと「金に困っている職員はいないと認識している」なんてうそぶくが、それは同じ階層のお友達のことしか頭にないからで、僕らみたいな下っ端のことは眼中に無いともっぱらの評判だ。

前も言ったけどさ、よりにもよって、なんでこんな奴が会計の担当をしてるんだ?

(第29話参照)

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出張伺いと旅費請求書の記載が曖昧だと主張し、とにかく下々の僕らへお金を出すことに対しては異様なほどに渋るから、仕方なく『期間2週間』と仮置きして書類を整えたときなんて、それはヒドイ言い草だったね。

 

「マンパンまでの行程に、こんな日数がかかるはずがない」

苦心して作成した書類は、一瞥しただけで突き返されたよ。

 

さすがにこのときは、この会計担当者にひょっとこのお面でもかぶせて、少しでもコイツをユーモラスにしてやろうと思ったけど、そんなことをすると民度を疑われるのでギリギリでやめたほどだよ。

 

結局、「当業務はマンパンへの移動を要するため当日中の完遂は困難」という文言だけが考慮されて、2日相当という扱いになった。

僕に渡された金貨20枚には旅費が込みになっていて、宿泊費のほかに日当が含まれている。

 

ただ、国内物価が通用しないから、僕レベルの職員の日当では絶対的に不足だってことで、あとは食料の現物支給ってことになったんだ。

 

この『日当と現物支給(食料)』ってのがまたムカつくじゃないか。

僕があまり「食料が必要だ」と言いすぎると、日当に上乗せするんじゃなく現物支給に偏らせて給与扱いにされかねない。

 

そうなったら課税されるし、標準報酬月額が上がってバカ高い共済掛金が、更にあがっちまう

 

総理府は「健保と年金財源が厳しい昨今、現役世代の負担増は避けられず、断腸の思いだ」ってセリフを、壊れたレコードみたいに繰り返して、そのたびに僕らは抗うこともできずに掛け金上昇を受け入れざるを得ない。

 

薄給なうえに、こういう有無を言わさぬピンハネが続いてるんだから、こんなことで等級まで上げられるのは絶対に避けたいよね。

だいたいさ、「お車代」に不必要な大金を包んでもらうのと違って、業務命令でする出張に、必要最低限の経費が欲しいって言ってるだけなのに、これはあんまりな扱いじゃないか?

 

・・っていうか、だからさ

有事なんだっての!

 

今、世界の平和が脅かされててさ、唯一の解決手段を実行中なんですけどなにか?

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ブツブツと文句を言いながら30分ほど歩くと、ようやくシャムタンティの丘を登る斜面に差し掛かった。

連なる丘を目指して昇り続けると、やがて道が二手に分かれる場所に来た

 

「さて、どっちへ行くか」

じつは僕の意思は最初から決まっていて、別に迷うことはなかったんだけど、それでも立ち止まった理由は前方に生えた大きな樹にあった。

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弱々しいすすり泣きが聞こえてくるんだ。 

樹に近づいて見上げると、いちばん低い枝の上に腰かけた老人が、助けてくれと僕に懇願した

飛び降りるのが怖いらしいが、この年齢ならもっともだ。

ただ、「どうやって登ったのか?」という疑問は否めないけど。

 

その疑問はすぐに解消した。

老人はダンパスから旅してきて、僕の故郷アナランドを目指しているのだが、悪さをするエルヴィンたちの餌食になり、持ち物を取られたうえに木の上に置き去りにされたという。

 

救ってくれた僕への感謝と言うことで、なにやら意味ありげな詩をうたってくれた。

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そいつはそこに見えてるが、彼にはお前が見えはせぬ

黒い目をした生き物が、そっと忍んで寄ってくる

守護者だったは昔のことで、いまや哀れなこの運命

自由への鍵は彼の手に

 

何を意味しているのかは全く分からなかった。

この老人は『守護者』だったってことかな?

でも『鍵は彼の手に』って言ってるから他人のことだよな。

 

詩の意味を考えている僕の手に、老人は何かを押し付けてきた

(ひょっとして、鍵? 僕が『自由への鍵』を手にできるとか?)

 

でもよく見ると、それは彼が手に持っていた魔法の呪文の書で、その中の1ページだった。

 

老人の持ち物を奪ったエルヴィンは、手に持っているものはノーマークだったのかな?

なんてくだらない考えが一瞬頭をよぎったけど、気を取り直してそのページを見ると、どうやら害虫を追い払う呪文らしい。

 

アナランドで僕が学んだ魔法呪文とは系統が異なるもので、詠唱すること自体ができない。

老人が僕に何を与えようとしているのかは不明だけど、まあとにかくもらっておくよ。

 

彼は僕に別れを告げると、意外にしっかりした軽い足取りで、僕がやって来た方向へ歩き始めた。

途中にカントパーニがあるけど、何も持たないあの老人を、さすがに山賊は襲わないと思う。

 

さて、道に戻るか。

僕は樹の下を離れようとしたんだけど、なにか妙な物音に気づいたんだ。

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